闇は深い。教師とうつの関係

 

こんにちは~、みほ@miho1araです。

 

公立中学校の保健体育の先生を8年やっていましたが、

パニック障害、うつ、双極性障害になったので、

この記事を書いている現在、休職しております。

 

さて、先日みやちる@Miyak_Okinawa のラジオにまた出していただきまして、

「先生とうつ」について話しました。

 

再びタマさん@nudiebeans がその内容をまとめてくれました。

 

今回もラジオで話せなかったことを書こうかなと思ったんですが、

  • なぜパニック障害になったか
  • なぜうつ状態になったのか

は過去にブログの記事にしていたので、

 

私が教師という職業のためにパニック障害やうつ状態になった経緯をここにまとめたいと思います。

※双極性障害という診断も出ていますが、それは休職中に診断されたので、ここでは省きます。

 

パニック障害になった経緯

慢性的な疲労は溜まっていて、

先生は4月から新年度が始まると、夏休みまでは一気に駆け上がる感じに働きます。

それくらいやることいっぱいな1学期です。

 

私は地元に帰ってきて、

比較的1年目はゆるふわにやっていましたが、

このパニック障害になった2年目からはさすがに目まぐるしい日々でした

 

知らず知らずのうちに疲れが溜まっていた中、起きたのが、

このプール塩素事件。

教員がパニック障害・うつになった記録①きっかけはプールの塩素 

7月 24, 2019

 

こんなに自分の意思でどうにも抑えられないのは初めてで、さらに拍車をかけて苦しくなる。

手も痺れてくるし、本当死ぬって思いました

 

ここがまずいんだけど、

その日のうちにだいぶ楽になったし、次の日、普通に学校行っちゃったんですよね。

 

悪魔の言葉でまたパニック発作。

でも、生徒がいるから耐えれるまで耐えた。

教員がパニック障害・うつになった記録②何気ないことばでフラッシュバック

7月 24, 2019

 

そして、学校の中だけでなく、いろいろなことが不安になり、

車も窓を閉め切って運転できなくなるし、

ゆっくりお風呂に入れなくなりました

不安が常に頭の片隅から襲ってくる感じ。

教員がパニック障害・うつになった記録③生きた心地がしない症状の連発…

7月 24, 2019

 

プール塩素事件から大きな発作はなかったけど、

ついに2度目の大発作、バーベキュー事件

教員がパニック障害・うつになった記録④プール事件から1ヶ月後に久しぶりの大きな発作

7月 24, 2019

 

プール事件は塩素ガスが充満して発作が起きたと理由がわかっているけれど、

バーベキュー事件は、本当に不明。

 

しかも、1番リラックスできる実家でなったから、

もうこれからどうやって生きていったらいいかわけわからなかった。

 

バーベキュー事件の次の日、起き上がれなかったから、

親と病院に行きました。

教員がパニック障害・うつになった記録⑤はじめての精神科でPTSDと診断される

7月 24, 2019

 

そこで診断されたのはPTSD

 

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、

突然の不幸な出来事によって命の安全が脅かされたり、

天災、事故、犯罪、 虐待などによって強い精神的衝撃を受けることが原因で、心身に支障をきたし、

社会生活にも影響を及ぼす様々なストレス障害を引き起こす精神的な後遺症、疾患のこと

 

私は診断名を聞いて、少し安心できました。

薬ももらい、この後は比較的安定して過ごすことができました。

 

時は経って、2年後。

結婚もして、環境も変わり、さらに中学3年生の担任になり、忙しい毎日。

体調も悪くならなかったので、調子に乗って、薬を自分でやめました

また夏ごろ、部活の練習試合に行く車の中で久しぶりにパニック発作が起きました

教員がパニック障害・うつになった記録⑧高速道路でパニック寸前

7月 28, 2019

 

なんだか嫌な予感。

 

 

うつ状態になり、休職に入っていく経緯

そして、ここから暗黒の時代。

中3担任、生徒会主担当、体育科

この役割で勝手にプレッシャーを感じ、不眠に陥ります。

教員がパニック障害・うつになった記録⑨プレッシャーで眠れない

7月 28, 2019

 

なんとか運動会が終わり、これで眠れる!と思っけど、やはり眠れない。

そう。2学期は行事だらけ。すぐに、文化祭と合唱コンクールが控えていたのです。

合唱に難ありのクラスでプラス私は生徒会主担当なので、文化祭全体も仕切らなくちゃいけない

しかも、苦手分野

 

悩みが多すぎて、運動会よりストレス、プレッシャーがやばかった

ますます眠れなくなり、ついに心療内科に行くことを決意する。

教員がパニック障害・うつになった記録⑩自分が自分じゃない感覚

7月 28, 2019

 

この時はまだ意欲もあり、とにかく不眠をなんとかしたい一心でした。

薬を飲んで、時間的には少し長く眠れるようになったけど、

寝起きの脳の感覚は悪化する一方

やらなくちゃいけないことは山ほどあるんだけど、手に付かない状態が続きました。

教員がパニック障害・うつになった記録11 不眠が改善せず心療内科に行く

7月 28, 2019

 

そして、ついに生活リズムが崩れ、

今まで自分が築いてきたルーティーンが崩れました。

  • 朝起きるのがギリギリ
  • 身だしなみ適当
  • ご飯はコンビニで買う
  • 旦那の弁当作れない

そして、ちょうど同じ時期にいろんなことにも嫌気がさして

何もかも嫌になって、翌朝ついに起きれませんでした。

教員がパニック障害・うつになった記録12 急に起き上がれなくなった

7月 29, 2019

 

そして、この後、病休を取ることを選び、休職することになりました。

教員がパニック障害・うつになった記録13 校長と話をする

7月 29, 2019

 

病休を取るために、2つの病院の診断書が必要だったので、

校長先生に勧められたお医者さんのところに行ったら、パニック障害の診断をされました

症状とかがぴったりあって、すごく納得しました

教員がパニック障害・うつになった記録14 パニック障害・うつの診断

7月 29, 2019

 

 

まとめ

こんな感じでパニック障害とうつ状態になりました。

私がこれらの病気になったのは、

  • ストレス
  • プレッシャー
  • 慢性的な疲労

かなと思います。

 

ストレス、プレッシャーは人によって感じ方違うし、

これらに強くなる考え方を取得するのはすごく大事だと思います。

私は細かいこと意外と気にするし、ダメでしたね~。

 

慢性的な疲労は今の学校のシステムのままだと解決するのは難しいでしょうね。

まずは職務でない部活動を外部化することかな。

 

 

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